「背景までおいしい、つくいち。」


今週末の日曜日は、2回目の「つくいち」です。

7月の「つくいち」でのこと。
たくさんの方とお話して楽しい一日だったのですが、
その中でも印象強く残っているのが、
黒ぶちのメガネをかけた年配のおじいさん。

多分80歳以上のご年齢だと思うのだけれど、
私より年上の、お孫さんらしき女性と一緒に来て下さった。
もちろん、お会いするのは初めて。

おじいさんは白いシャツにグレーのズボン。
杖をついていて、穏やかで優しい印象。
そして、お孫さんの女性は素敵な大きめのマルシェかごを持っていました。

最初は、その女性がハントヴェルクの白樺のかごを手にとって下さって、
そんなところから、お互いの「かご話」をしていたのですが、
その傍らで、おじいさんが白樺のかごを手にとり、
マジマジといろんな方向から見ていました。

「これは白樺の木の樹皮を使って編まれたかごなんですよ。」
そっと話しかけたら、
「ほぉ〜。」と言って何度もうなずきながら、
またマジマジと見ていたおじいさん。
「このかご、ひとつ、くださいな。」
そう、ちいさな声で。

私はちょっとドキッとした。
おじいさんの目がきれいだったから。

そのあと、このかごを作っているスウェーデンの職人さんのことや、
白樺の木のことなど、いろんな話を始めたら、
おじいさんは、ズボンのポケットから折りたたまれていた小さな白い紙と
短い鉛筆を取り出して、まるでインタビューされているみたいに、
私の言う事をメモまでしてくれた。

そんなやり取りをしながら、かごを袋に入れようとしたら、
「大切にしますね。」
また小さな声でささやくように言って、
女性の持っていた大きなマルシェかごの中に、
そっと白樺のかごを入れたおじいさん。

どれくらいだろう、
5分くらいの立ち話だったのだけれど、
おじいさんのその優しい表情に吸い込まれそうになりながら、
私は心が躍るように嬉しかった。

本当に嬉しくて、
「つくいち」が終わり、家に帰ってからも、
主人に同じ話をしたり、この一日のことを何度も思い返したものです。

思えば、「スウェーデンの家」に出会ったのは、
もう10年以上前のこと。
それから、その背景にあるものが知りたくなって、
いろんな出会いを重ねてきました。

もちろん、その「家」というのが、
自分の中で一番大きな部分を占めているのだけれど、
その背景を知る旅の中で出会った暮らしのちいさな道具、
こういう白樺のかごであったり、ひとつひとつのモノを通じて、
何かしら伝えられることって、純粋に、うれしい。

改めて、そう実感したひとつの出来事だったのだけれど、
子供も大人も、年配の方も、
誰もが行きやすく、楽しみ、話すことが出来る「市場」が、
何よりも素晴らしいことだと思います。

週末の「つくいち」へは、
白樺のかごはもちろんのこと、
カッティングボードや、
前回とはまた違う木のバターナイフやジャムスプーンなど、
スウェーデンの職人さんがひとつひとつ作った木のものを
持って行きます。

ところで、上の写真。
前回の「つくいち」のお知らせの時のものと似ているけれど、
少し違います。 >>> 前回の写真

どちらも、白樺のかごを作っている途中の写真なのですが、
毎月の「つくいち」の度に、作り上げていく過程の写真を1枚ずつ
ご紹介していきたいと思います。

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「つくいち」
9月7日(日曜日)
AM9:00-PM2:00
つくば市・中央公園にて

中央公園:つくば駅前にある公園
お車の方は、つくば駅前の「北1」の駐車場が近いです。
電車の方は、「A2出口」を出るとすぐ目の前です。

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| 北欧の手工芸と雑貨 「ハントヴェルク」 | 10:54 | - | - |
「森の中の見知らぬ人。」


ちいさな森へ出かけると、
その奥にちょっと怖そうな顔つきのおじさんがふたり!

ひとりはチェアに座って、缶コーヒー片手にウトウト。
もうひとりは、この夏に取付けたハンモックの上で、
ウトウト、そして、ゆらゆら・・・

個人の敷地内に知らない人がいるなんて、
多分、普通の人ならば驚くだろうけれど、
私は特に驚きもせず、
そのウトウトなふたりを横目に通り過ぎただけ。

これが家の敷地内だと、さすがに私も驚くのだけれど、
「森」なので、「どうぞ!」というわけ。

スウェーデンには「自然享受権」という権利があって、
それは、「私有地であっても、誰もが森へ自由に入ることが出来、
森の中を散歩したり、時間を過ごしたり、自生するキノコやベリーも
採ることが出来る。」というもの。

もちろん、「権利」と言っても、森の生物に配慮することや、
所有者のプライバシーを侵害しないことといった約束ごとを前提に。

スウェーデンの人々は、「森」と共に生きていて、
それは街中で暮らしている人も、大人も、子供もみんな。

人のもの、自分のものという線引きナシに、
いつでもどこでも、誰もが森に親しむがゆえに醸成されることって大きい。
| 「ちいさな森のLilla Huset」 | 15:37 | - | - |
「ちいさな森のキツツキ君。」


10日振りにちいさな森へ行くと、
蝉の合唱が始まっていました。

毎日、行っていても色んな変化があるから、
10日振りとなると、なんだか違う風景にさえ見える。

でも、この森にいるキツツキ君は、
相変わらずお茶目な顔。

これはドアノッカーで、下のヒモをひっぱると、
キツツキの頭が動き、壁を叩いてくれる。
そんな構造になっています。

そして、このキツツキ君のコツコツという音、
かなり好き。

キツツキ君の木と、木造の壁の、
木と木が重なる時の音で、
上手く表現出来ないのだけれど、
なんだか心地よく、優しい響きなのです。
コツ、コツと・・・

子供たちが積木で遊んでいる時の、
積木と積木が重なる時の音にも少し似ています。

「木」は見た目、手触りだけでなく、
その“音”も心地いいもの。
それに、香りもあるし、
木のスプーンを使っていると、“味”があることも分かる。
五感に伝わっていく素材だから、どこまでも好きなものです。

ところで、このキツツキ君、
夫のHISAさんは、ショップのドア横に取付ける際も、
森の小屋に取付ける際も反対でした。

温和な人で、反対することは普段の生活でもないのに、
なぜかキツツキ君には反対!

その理由は、この顔に。



私はお茶目、と思うのだけれど、
「小学生が作ったものみたいだ!」と言って、
自分の作品だと思われるのがイヤだったみたい。

ちなみに、スウェーデンで買ったものなんですけれど、ね。
| 「ちいさな森のLilla Huset」 | 15:06 | - | - |
「白樺の星のオーナメント。」


白樺の樹皮で作られた星のオーナメント、
ウェブショップにアップしました。

| 北欧の手工芸と雑貨 「ハントヴェルク」 | 13:56 | - | - |
「赤ちゃん。」


夏も終わりに近づいているけれど、
まだまだスイカの赤ちゃんは育っています。



| 「ココロつづり。」 | 08:37 | - | - |
「子供になるということ。」


砂浜でここちゃんが見つけてきてくれた小さな石。

一口に「石」と言っても、
カタチはいろいろだし、
手触りもいろいろで、
石=硬いもの、とは限らない。

身近にあるものや出来事の中には
たくさんのヒントがあって、
ひとつひとつ気付いたり、
見つけたりしていくことから、
いつも生み出されるものがあるような気がします。

そんなことが「普通」の子供たちは、
やっぱりすごいなぁ。

子供の背丈になって、
手をとって、
目を見て、
子供の気持ちになってみると、
よくわかるんです。
| 「ココロつづり。」 | 16:05 | - | - |
「ティアドロップの島。」


この海を見て、育ちました。

瀬戸内海にある、
涙のしずくの形をしたちいさな島。

ここから見る夕日は本当に美しく、
ここから見る月は、もっと美しい。

この風景がわたしの原風景。

小学生の時から島の外に行ってみたいと思う
気持ちが強くて、
外に出てからは、一度も戻ろうと思わなかった。
今ではこの島で暮らした時間よりも、
島の外での時間の方が長い。

本当に愛している場所にいるよりも、
離れて愛すことを選んできた結果です。

この場所へ、
初めてHISAさんとここちゃんをご案内。

日は昇っては沈み、
波は寄せては返し、
また寄せては返し。

変わることのない想いと同じ。
ここにまた来れて、よかった。

このちいさな島を、
増田政夫が「神戸からこぼれた涙のカタチ」と歌ってた。
| 「ココロつづり。」 | 20:01 | - | - |
「ちいさな森の、足もと。」


ちいさな森にいると、
心洗われるような気持ちになります。

でもその心は、自然の“美しいもの”から
生まれてくるものではないことに、
この何週間かの間で少しずつ、気付きました。

それは、美しいものの足もとにあった、
“美しくないもの”から。

錆付いた空き缶、
ビニール袋に入ったゴミ、
割れたガラス瓶、
タイヤなどの不法投棄されたもの。

草や落ち葉の下には、そういうものがゴロゴロと埋まっていました。
最初は言葉も出なかった。

けれど気負いしない程度に、
少しずつ、少しずつという気持ちで、
自分で手入れ、片付けていくことに。

10年、20年、30年という長い時間の中で、
人が軽い気持ちで落としていったものは相当な量。

でも、ここ2週間くらいの、朝の1時間程度の手入れだけでも
随分と自然な姿になり、
その時間と共にだんだんと、
まるで心も洗われていくかのようでした。

そうして今、改めてこの森を見渡した時、
「ああ、本当に美しいなぁ。」と心いっぱいに感じたものです。

きっと、
この森がこんなに美しいことも、
そうでない部分があったことさえも、
車で通り過ぎただけでは見えない風景なんだろうと思います。

「じゃあ、ゆっくりと歩きながら、
ここにあるものに気付いていきましょうよ。楽しみながらね。」

というのが、
このちいさな森で私たちが大切にしていること。
| 「ちいさな森のLilla Huset」 | 11:10 | - | - |
「こども道。」


森の動物たちは、
闇雲にその中を移動するのではなく、
それなりにコースを決めて移動するらしい。
そして、その道を「けもの道」という。

そうすると、これは「こども道」ということに。

ここちゃんがこのちいさな森の中を駆け回って、
自然と出来た道。
| 「ちいさな森のLilla Huset」 | 23:43 | - | - |
「母から。」


今年の誕生日に母から届いた葉書。
誕生日には、いつもこうして葉書、カードを送ってくれます。

短い言葉の中には、ぎゅっと想いが込められていて、
短いからこそ、その深みを感じます。

紙は手触りが優しい印象のもの、
そして、この朝顔は折り紙、葉は切り紙で。

友人やご近所の方へのちょっとしたお礼などの際にも、
必ずその当日中にお礼の気持ちを葉書にのせて送る母。

葉書の片隅に、ちぎり絵を添えるのも毎回のことです。

そういう姿を幼い頃から見ていて、
ずっと、「すごいなぁ。」と思っていたけれど、
大人になった今は、もっと、「すごいなぁ。」と思う。

でも、そう思いつつ、
「ありがとう」をメールだけで終わらせてしまう自分が
何と言うか、ダメだな、と・・・。
| 「ココロつづり。」 | 15:14 | - | - |
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